スペインを訪れたらまず見たいものは…サグラダファミリアである。 誰もが口をそろえて言う。私も思いは同じ サグラダファミリアを見てみたかった。 サグラダファミリア…しかしその何たるかは知らない…予備知識もなかった。 「この観光地周辺はスリやひったくりが多いですよ 特に日本人が狙われますよ パスポート貴重品にはくれぐれもご用心をしてください」 添乗さんやガイドさんから何回も言われる …気が気ではない。高い尖塔を眺めてばかりいないで周囲にも 気を配らなければならない。人を見たらドロボーと思いたくはないが…要警戒! 1882年工事が開始されて完成までにあと12年はかかると言われている。 宗教建築家であるデルビジャールから アントニガウディが工事を引き継いだ …とガイドブックには書かれている。完成までに133年の歳月が費やされることになる。 残念ながらガウディはもういない。 実際現物を目の前にすると全体をカメラでとらえることは困難であった。しかし その複雑怪奇な物体は一見の価値はある。私も見たい…と言うことから見たぞと感動を添え自慢して言えるようになった。(自慢することでもないね) |
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話は前後する…サグラダファミリアの前にモンシェジェイクの丘を訪れた。この公園には奇っ怪な建造物が居並んでいる! 何だこれは!… 予備知識は全くない。なんでこんなものを立てたのだろう? その目的を考える。 港が見える丘公園くらいなものか…と想像していたのである。 ガイドの長々とした説明を聞きたくない。我は何時も集団からかけ離れて撮影に奔走… ガイドは説明も聞かず走り回る者を嫌う。我もいちいち説明はいらぬわい…寸暇を惜しむのである。『思えば思われる 人は鏡だ』 と親父がよく言っていた言葉だ。… モンシェジェイクの丘にはお菓子の家とも思われるようないくつかの奇抜な建築物が建てられている。これらは皆ガウディの手がけたものであるという。 遊び心・ユーモアを感じられる。誰でもが親しみやすい建造物…ガウディの天才性にふれた気がする。この公園ベンチも実にユニークである。 遠くサグラダファミリアの尖塔がこの公園からも見える。 |
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ガウディは1852年6月25日カタルニーニャーで生まれ 数々の偉業を積んだ。 1926年6月10日路面電車の風圧に倒れたという。 (一説には轢かれたとも書かれている)見ていた人がタクシーを呼んで病院へ運び込もうとしたが。4度もタクシーから拒否されたという。汚いむさい身なりの爺さんがまさか著名なガウディとは思わなかったらしい。 ガウディの弟子達が高師が見えないので探し回ったという。ガウディは3日後に帰らぬ人となった。… 貧しい家に生まれ色々の職に就きながら建築学校に学んだと言われる。 逆境が不屈な精神を鍛える…。 俺なんぞさして逆境もなかったか…順風満帆そんな家庭環境ではろくな人間になれないなあ〜 つくづく思う感想である。 |
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「あらっ!これ見たよ! ほら山下公園にもこんなところがあったじゃない きっとガウディをまねたんだよ!」同行のおばちゃん達は異口同音にはしゃぎ回る。「そうだそうだきっとそれに決まってる!」3人のおばちゃんは決めつける… 偉大なる芸術 学ぶことは真似ることだ… ガウディは天国で笑っていることだろう。真似られるものなら真似てみよ… どう逆立ちしてもサグラダファミリア(聖家族教会)は日本には建つことがない。 しかし奇抜な独創性アイデアは大いに学ぶべきだ…と思う。 ガウディの人間性は知るよしもないが…すっかりガウディフアンになっている。 |
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「お菓子の家みたいねおとぎの国みたい」とかみさんが耳元でつぶやく「そうだな」と言いつつもこの建物は何に使うのだろう?機能的にはどうなのだろう?。と夢のないことをつい考えている。 日本にこんなものを建設したら注目はするだろう… しかし そんな夢のあるスポンサーは少ないのだろうな… 投資したら必ず元手を回収する打算的なのが日本の実業家である。 では日本には夢がないのか?… そんなこともないな日本特有の美意識もある。それを感じられないのは心に余裕がないからだ… 等と自問自答している。 |