スペイン紀行
バルセロナ紀行
スペイン在住のガイド望月氏は語る…トレドの王城が見える。現在の王城は内戦の初期に国民政府軍が約2ヶ月半にわたり籠城した際共和軍の砲撃を受けほぼ全壊したあとに復興されたものだ。この籠城の時、国民軍大佐の息子ルイスを人質に共和軍は王城の明け渡しを迫ったが大佐は屈せず息子に「愛国者として死ぬように」と伝えたと言う。息子ルイスは銃殺された。当時の攻撃の熾烈さを物語るようにそのまま大佐の執務室には彼が息子と最後の言葉を交わした電話が今もひっそりと置かれている。
望月氏の話が 記憶深く心に刻み込まれた。
Toldo トレド… 歴史を語ると長くなる。歴史のことは知らない。ガイドブックを見てあらましだけでも… と書き留めてみる。
トレドが歴史に登場するのは紀元前160になる… もう気が遠くなりそうな遠い遠い昔の物語だ。トレドはスペイン中部タホ川右岸の都市。イスラム王朝支配の影響でアラブ的雰囲気を持つ中世スペインの政治経済文化の中心であった。1982年 人口6.2万人エルグレコの絵画を所蔵する聖堂がある。
アメリカ、オハイオ州にもトレドという工業都市があり(人口1990年 33.3万人) 日本の奈良市と姉妹都市になっている。
ガイド氏が説明する話を事細かにメモを執っている感心な若い女性がツアー客の中にいる。ガイドの話を全く聞こうとしない私とは対照的だ…従って私は何も聞かない何も分からない。新婚さんかな?(とするとその新夫はお気の毒な)事細かにノートに記録されたのでは…うっかり悪いことも浮気も出来ないぞ 行状記を事細かに書かれたら言い逃れる術はないぞ。 写真を撮るのが目的Santaは 説明など聞いてもどうせ忘れると思っている。
楽しかった思い出記憶も今年いっぱい残れば良い方だくらいにしか考えない。
しかし本当はそれでは困る! 撮した場所も時間もその内容も分からない…今までもそうだったのだが 場所も内容も知らず花の名前も知らずにただ直感的に撮すだけ… 自然流無責任流 それがSanta流。
それでは画像の説明も解説も出来ない 紀行文にもならない。多少の知識を吸収するためにガイドブックや絵はがきを買う…国へ帰ったらゆっくり読むさ…同行の人たちはちょっと首をかしげる… ?順番が逆ではないのか?
エルグレコ かってその名を聞いたことがあるが詳細は分からずにいた。
エルグレコはスペインの三大画家の一人…(あとの二人は?それも分からない)グリコではありませんよ…と望月氏…はは私も言いかけていた。グリコの方がなじみが深い
宮廷画家を目指していたが国王の好みに合わず失望のグレコはトレドに移り多数の宗教画や肖像画を制作したとガイドブックに書かれている。後ほどマドリッドの美術館でもグレコの本物画像を数点鑑賞することになった。
サント・トメ教会に有名な「オルガス伯埋葬」と言う大きな絵画を見ることが出来た。
オルガス伯は信仰心が篤く情け深い人であり自信の財を投うじて教会を修復し領民のために尽力された人で天国に召されたそのときの模様を描いたものだ…とガイド望月氏の話を神妙に聞いていた。
昔の人は無学文盲の人が多く字を読むことが出来なかった。絵に描くことによって宗教の歴史や出来事を綴り一般に公開していたのだと説明される。ちなみに望月氏は浄土宗だよ…と話されていた。

読み書き算盤は嫌いではないが得意でもない。どちらかと言えば苦手のSanta デジタルカメラ撮影で簡単ショット 画像で訴える。
タホ川の流れその上をわたるアーチ型の石橋。トレドはさながら絵葉書そのものである。絵のような景色ではなく絵よりも素晴らしい景色…と言う表現にあたるのだろうか。

エルグレコがスペインの3大画家と言われるがそれでは日本の3大画家と言えば誰になるだろう?…さしずめ宮廷画家の狩野探幽なんてあげられるだろうか?鳥羽僧正の擬人画等も印象に残るが 3大画家となると?…私の好みで言えば 葛飾北斎・東山魁夷・山下清…
勿論異論も出ると思うが安藤広重や横山大観などの絵を見るくらいで日本画家の多くを知らない。
では写真家では… むろんこれも全く知らない。
HPの画像掲示板で花の画像をやりとりするお友達…皆かなりハイレベルだと思う。著名な画や写真を知らないが 我はHPの花や風景の写真を写しパソコン上でやりとりするだけで満足である。 植物園等で展示されている絵や写真を見ながら感心しつつ自分なりの批評を加える。それで自己満足している程度。次元が低いかな… 祈りと言えば「明日天気になあれ」と言うくらいなものだ。